横浜地方裁判所 昭和43年(行ウ)1号 判決 1971年10月01日
原告 藤井幸一 外二名
被告 柾木一策
主文
原告佐々木良文、同戸所慶造の各訴えをいずれも却下する。
原告藤井幸一の請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
原告ら訴訟代理人は、「被告は茅ケ崎市に対して金一六、八一三、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年五月一日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、
被告訴訟代理人は、本案前の答弁として、主文第一項第三項と同旨の、本案に対して「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、原告らの請求原因
一、原告らはいずれも茅ケ崎市の住民であるが、茅ケ崎市議会は昭和四二年第三回定例会の同年一〇月四日、昭和四二年度茅ケ崎市一般会計予算に計上された歳出の総務費のうち事務所建設費ならびに敷地造成工事費、建築確認手数料、設計委託料合計金一八、三二一、〇〇〇円について議決し、茅ケ崎市長である被告は、右議決に基づく予算措置の執行として、別表記載のとおり合計金一六、八一三、〇〇〇円の公金を支出した。
二、しかしながら前記歳出予算措置は、横浜地方法務局寒川出張所を茅ケ崎市に移転させるため、右法務局出張所用事務所施設を同市に建設し、これを国に提供する目的に出たものであるところ、法務局出張所は国の出先機関であり、その取扱う事務も地方公共団体である茅ケ崎市において処理する権限を有するものではないのである。
三、ところで地方財政法第一条および第一二条によると、地方財政についてはその健全性を確保し、かつ地方自治の発達のため地方公共団体が処理する権限を有しない事務を行うために要する経費、例えば国の機関の設置維持および運営に関する経費は、地方公共団体において負担してはならないことになつているにも拘らず、前記歳出予算措置は、まさに国の機関の設置、維持および運営に要する経費の歳出にかかるものであつて、前記地方財政法の規定に照らし明らかに違法な行為であり、したがつて右歳出予算措置に基づく被告の前記支出行為も違法な行為というべく、被告の右行為により、茅ケ崎市は、右支出金額金一六、八一三、〇〇〇円と同額の損害を蒙つた。
四、よつて原告藤井幸一は、地方自治法第二四二条により、昭和四二年一〇月一一日茅ケ崎市監査委員に対して監査を求め、前記歳出予算措置の執行を禁止するよう請求したところ、同年一二月九日付をもつて右監査委員から右歳出予算措置は市議会の議決を経ているので監査委員の監査権限はおよばないとする監査の通知を受けたが原告藤井幸一はこれに対し不服である。
五、よつて原告らは、地方自治法第二四二条の二第一項第四号により、茅ケ崎市に代位して、被告に対し、前記違法な支出に基づく損害賠償として、被告が茅ケ崎市に対して金一六、八一三、〇〇〇円およびこれに対する弁済期到来後であること明らかな昭和四三年五月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをせよとの判決を求める。
第三、被告の本案前の抗弁
原告佐々木良文、同戸所慶造の本件各訴えについては、地方自治法第二四二条の二に定めるいわゆる住民訴訟は、同法第二四二条による監査請求を経た者でなければこれを提起し得ないところ、右原告両名はこれを経ていないから、いずれも不適法である。
第四、請求原因に対する被告の答弁
一、請求原因第一項および第二項の事実は認める。
二、同第三項は争う。
三、同第四項の事実は認める。
四、同第五項は争う。
第五、一、本案前の抗弁に対する原告の主張
被告主張のとおり、原告佐々木良文、同戸所慶造の両名においていずれも監査請求の手続を経ていないことは認める。しかしながら、監査請求が訴訟提起以前に要求されているのは、地方自治の特質に基づき、できる限り地方自治体の内部で違法不当な行為の是正が自治的に行われるよう保障したものにすぎず、一旦ある住民の監査請求が排斥された以上、右自治による是正の機会は与えられたことになり、さらに他の住民が訴訟を提起するにつき必ず監査請求の手続を履践することを要求するとすれば、いたずらに繁雑さを増すのみである。
本件においては、原告らのうち原告藤井幸一において監査請求の手続を経ている以上、他の原告らにおける本件訴えの提起も適法というべきである。
二、本案に対する被告の主張
(一) 被告の本件支出行為には何ら違法は存しない。
茅ケ崎市は首都圏整備法による近郊整備地帯の指定地域として、住宅地工業地造成等の事業が盛んで、これに随伴して登記事務等法務局出張所に赴く用務も激増の一途をたどつていた。
(二) ところで被告の本件支出行為に基づき茅ケ崎市に法務局出張所が設置されるまでは、茅ケ崎市の登記事務は横浜地方法務局寒川出張所および同局藤沢出張所に二分されていたもので、右両出張所における茅ケ崎市分の取扱い件数は、昭和四一年分において、合計約一八九、〇〇〇件で、右各出張所取扱い件数の割合としてそれぞれ約八五パーセントおよび約三〇パーセントにおよんでいた。しかるに右両出張所とも茅ケ崎市民が利用するには交通等の便が悪いことから、いずれの出張所に赴くにも相当の時間的経済的負担を強いられていたため、かねてから茅ケ崎市内に法務局出張所を誘致しようとの要望が市民の間に強く続けられていたのであるが、昭和三五年五月二七日以降茅ケ崎市長等を通しての右誘致陳情の結果、昭和四二年一一月二日横浜地方法務局長から寒川出張所庁舎の地元新営についての通知があり、原告ら主張のとおり右出張所新設に関する歳出予算が茅ケ崎市議会において議決され、被告は右予算額のうち別表記載のとおり合計金一六、八一三、〇〇〇円を支出し、右出張所建物を完成させたもので、右建物は昭和四三年四月一日付で同市から横浜地方法務局に使用料月額金三七、六二九円で賃貸し、現在に至つているものである。
(三) ところで地方財政法第一二条の規定は、国がその優越的立場にたつて地方公共団体に経費の負担を強制することを防ごうとする趣旨であつて、地方公共団体が自発的に施設を建設し、これを相当な使用料を徴して国の機関に貸付けることをも制約したものというべきでなく、このことは同法第二四条本文の規定からも窺えるのである。
(四) 本件の場合についていえば、茅ケ崎市が市民の利便に供するため法務局出張所庁舎用の建物を新築したからといつて右建物が茅ケ崎市の市有財産として前記のとおり月額使用料金三七、六二九円で国(横浜地方法務局)に使用させている以上、地方財政法第一二条に違反したものとはいえず、また地方財政の健全性を確保し、地方自治の発達に資することを目的とする同法第一条に違背するものでもなく、被告のなした本件支出行為は適法妥当なものである。
(五) かりに被告の本件支出行為が違法であるとしても、右行為によつては何らの財産的損害は発生していない。
およそ地方自治法第二四二条の二第一項第四号、第二四二条第一項によりいわゆる住民訴訟の対象とされるのは地方公共団体に積極消極の損害を与える行為または事実であると解されるところ、被告の本件支出行為によつて支出された合計金一六、八一三、〇〇〇円と同額の財産的価値がある建物が現に市有財産として存在しており全くあるはずの財産状態と現状との間に差額は存在しないのであるから、財産的損害の発生はあり得ない。
さらに原告らは地方自治体の予算は、住民の生活の維持向上にのみ適法に支出されてはじめて正当の支出と認められるものであり、違法な支出である限り、それ自体において当然損害をおよぼしたものと認めるべき旨および財産的価値に変動がなくても、地方自治体の首長が国の事務を取扱うべき施設の設置に支出し、住民の生活に甚大な悪影響および損害を蒙らせたような場合には、いわゆる住民訴訟によつて住民に監視する手段を与えたものである旨それぞれ主張するが、被告が本件支出行為をなすに至つた経緯は、前記のとおり市民の要望によりその利便のためであり、かつ現実的損害のない本件においては、原告らの主張はいずれも理由がないこと明らかである。
第六、証拠<省略>
理由
一、まず原告佐々木良文、同戸所慶造の各訴えの適否について判断する。
右原告両名が本件訴えを提起するについて、いずれも地方自治法第二四二条に規定する監査請求の手続きを経ていないことは、当事者間に争いがないところ、地方自治法第二四二条の二に定めるいわゆる住民訴訟の提起に際しては、同条一項により以前に監査請求をすることが要件とされているのであつて、これは地方自治の特質から、まず地方自治体内部において違法不当な行為の是正をはかるべきことを目的としているのである。
ところで本件においては、原告藤井幸一において監査請求の手続を経ていること当事者間に争いがなく、他の原告ら両名において監査請求をしたとすれば、その理由とするところが原告藤井幸一におけると略々同一であろうこと本件における原告ら両名の主張自体から窺うことができるけれども、監査委員は監査請求のあつた場合には、その請求ごとに監査をなし、その結果を通知し公表する責務を有しているのであつて、(地方自治法第二四二条第三項)これより明らかなようにまず地方自治体内部での是正を目的とするため個々の監査請求により監査の結果に差異を生ずることもあり得るのであるから、本件において原告藤井幸一において監査請求の手続きを経ていても、それをもつて他の原告両名の本件各訴えが適法となるものではない。
よつて原告佐々木良文、同戸所慶造の各訴えは不適法として却下を免れない。
二、そこですすんで原告藤井幸一の本訴請求について判断する。
原告藤井幸一が茅ケ崎市の住民であり、茅ケ崎市議会が昭和四二年第三回の定例会において原告ら主張のとおり事務所建設費等合計金一八、三二一、〇〇〇円の歳出予算を議決し、被告が右議決に基づく予算措置の執行として別表記載のとおり合計金一六、八一三、〇〇〇円の公金を支出したこと(請求原因第一項の事実)および右歳出予算措置ならびにその執行としての公金の支出が、国の出先機関である横浜地方法務局寒川出張所を茅ケ崎市に移転させるため、右法務局出張所用事務所を建設する目的でなされたこと(同第二項の事実)は、いずれも当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一号証の三、乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一ないし三、同第四号証に原告藤井幸一および被告(いずれも措信しない部分を除く。)各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。
茅ケ崎市においては、その住民の登記事務は高座郡寒川町にあつた横浜地方法務局寒川出張所ないし同法務局藤沢出張所かのいずれかの管轄に属していたが、地理的に不便なうえ特に茅ケ崎市に居住する住民にとつては交通状況も悪く、寒川藤沢いずれの出張所に赴くにも時間的、経済的負担は大きかつた。そのため茅ケ崎市民の間から同市内に法務局出張所を誘致しようとの意見が高まり、昭和三四年一二月五日には同市民から茅ケ崎市議会議長に対して法務局出張所の設置方の請願がなされ、同市議会は全会一致でこれを採択し、昭和三五年五月二七日には当時の茅ケ崎市長内田俊一から横浜地方法務局長宛に、寒川出張所を茅ケ崎市内に移転し、同市の登記事務のうち藤沢出張所に属する部分を合併して欲しい旨、昭和三五年度において建設を願う予定であり、予算措置等も議決済みである旨それぞれ陳情し、昭和四二年四月一一日にも同様の陳情をなしたこと、これに対して同年一一月二日付で横浜法務局長から茅ケ崎市長の被告宛法務局出張所の地元新営が法務省民事局長によつて承認され、また右陳情のとおり藤沢出張所に属する茅ケ崎市の事務の一部も統合のうえ、茅ケ崎出張所と称する旨の通知がなされ、これに基づき茅ケ崎市は昭和四二年九月二〇日開会の昭和四二年第三回茅ケ崎市議会定例会において可決された昭和四二年度茅ケ崎市一般会計補正予算に茅ケ崎出張所庁舎用建物に要する予算として事務所建設費ならびに敷地造成工事費、建築確認手数料および設計委託料として、前記のとおり合計金一八、三二一、〇〇〇円を計上し、同市長は右予算額の中から別表記載のとおり金一六、八一三、〇〇〇円を支出して右建物を完成し、これを茅ケ崎市と横浜地方法務局間において賃貸借契約を締結して現在に至つている。以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
三、ところで原告藤井幸一は茅ケ崎市長の右予算の執行は、地方財政法第一条第一二条に違反する違法な行為であると主張し、被告に対し、その損害の補てんを求めているので検討する。
地方財政法は、地方財政と国家財政との基本的関係につき、地方公共団体の側においてはその財政の健全な運営に努め、いやしくも国の政策に反し、または国の財政に累をおよぼすような施策を行つてはならないし、国の側においては地方財政の自主的かつ健全な運営を助長することに努め、いやしくもその自律性をそこない、または地方公共団体に負担を転嫁するような施策を行つてはならないとする相互尊重の原則を掲げ、国費と地方費の負担区分を明らかにしている。そしてさらに個々の行政事務に要する経費についても、国の事務を地方公共団体の経費によつて行わせることのないよう規定を設け、経費負担による自治権の侵害を極力阻止する措置を講じている。すなわち地方財政法第一二条の規定は以上のように、国と地方公共団体との間における経費負担の区分が一応明らかにされたうえにたつて、なお国の機関設置等個々の行政事務に要する費用につき地方公共団体の自治権の侵害を財政的な面から規制することを内容としたものであつて、地方公共団体がその団体意思に基づいて、自発的に物的施設を建設し、これを国の機関に対価を得て貸与するをも制約したものではないというべきである。そしてこのことはその当該施設における利用目的が国の事務の執行による場合であつても、原則として異るところはないのである。
そして同法第二四条第一項が、「国が地方公共団体の財産または公の施設を利用するときは、当該地方公共団体の定めるところにより、国においてその使用料を負担しなければならない。」と規定し、さらに同項但書において、当該地方公共団体の議会の同意を要件として使用料の負担を免じているのも、国がその事務を遂行する課程において、専ら自らの施設のみによつてだけではなく、地方公共団体の施設を利用せざるを得ない場合があることを考慮し、そうした場合には地方公共団体の物的設備の負担に対して、国に原則としてその対価を負担させることによつて、財政的に地方公共団体の負担に制限を設けつつ、国が地方公共団体の財産を利用することがあるとしているものというべきである。
これを本件についてみると、茅ケ崎出張所は前記認定のとおり、茅ケ崎市住民に対する登記事務の不便さから、その利便に供するため住民の請願および公共団体としての茅ケ崎市の陳情等の結果、国においてもその設置を認め、茅ケ崎市が自らの自治体意思に基づき庁舎を新築して一カ月金三七、六二九円の使用料を得て国に使用させているのであつて、登記事務の公共的性格からみて右使用料がその建築費と比較し、特に著るしく不当に廉価であると認められない本件においては、被告のなした本件支出行為は地方財政法に違反するものとは断じ難い。
なるほど成立に争いのない甲第五号証、原本の存在ならびに成立に争いのない同第六号証、同第七号証の一ないし九、同第八号証の一、二ならびに原告藤井幸一本人尋問の結果によれば、茅ケ崎市の行政方策につき、同市住民から同市に対し小学校の建設および物的設備の改善、保育所の設置、道路舗装、排水溝設置、プール建設等につき各種の陳情がなされ、地方自治体としてそれらの施策の完遂を目ざすべきことが認められるが、地方公共団体が、その必要な各種の施策につき、個々に必要性を判断し、いずれを先に実施するかは、その財政的裏付けとの関係から決められるべき裁量行為であつて、前記のような事情のもとから、茅ケ崎出張所のため予算の計上がなされた本件においてはその裁量の判断が著るしく不当ないし違法であるものとは認め難い。
四、よつてその余を判断するまでもなく原告佐々木良文、同戸所慶造の各訴えはいずれも不適法として却下し、原告藤井幸一の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柏木賢吉 花田政道 板垣範之)
別表<省略>